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町田市


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名誉市民

更新日:2014年5月20日

 名誉市民とは、町田市民、または市に縁故の深い方で、その功績が顕著で市民の尊敬を受ける方に、贈られる称号です。
 市長が推挙し、市議会の同意を得て決定します。

三橋國民(1920年9月29日~)2014年推挙

三橋國民写真 三橋 國民

 1920年町田市生まれ。太平洋戦争中ニューギニア戦線にて、所属部隊40名のうち2名のみが生き残り、帰還しました。以来造形美術家として、僚友たちへの「鎮魂」と「平和への願い」をライフワークとして彫刻、絵画、彫金など幅広い創作活動を続けています。
 1979年日展内閣総理大臣賞を受賞、2010年には東京都功労者(文化功労)として表彰されました。
 町田市ゆかりのモニュメントとして原町田大通りの「明けゆく」、薬師池公園の「自由民権の像」、町田市役所こもれび広場「Five Stones」があります。

白洲正子(1910年1月7日~1998年12月26日)1997年推挙

白洲正子写真 白洲 正子

 東京都千代田区生まれ。戦前から能ヶ谷に居住し、著名な文筆家・評論家として活躍しました。1964年読売文学賞(研究翻訳部門)、1972年読売文学賞(随筆紀行部門)、1991年には、東京都文化賞を受賞しました。主な著書に、「お能」「心に残る人々」「能面」「明恵上人」「古典の細道」「かくれ里」「魂の呼び声-能物語」「道」「鶴川日記」「西行」「随筆集 夕顔」「白洲正子自伝」など数多くがあります。
 また、「武相荘(ぶあいそう)」と名づけられた自宅は、市の指定史跡に指定されています。

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。旧白洲邸 武相荘

旧白洲邸 武相荘のホームページ(外部リンク)

「町田市名誉市民 随筆家 白洲正子」ビデオ



畦地梅太郎(1902年12月28日~1999年4月12日)1997年推挙

畦地梅太郎写真 畦地 梅太郎

 1902年愛媛県三間町生まれ。1976年から町田市に在住し、「畦地梅太郎版画集」「山の呼ぶ声」などの版画作品を多数発表しました。素朴であたたかい作品は多くの人々に愛されています。
 1983年に、市へ自作275点が寄贈され、版画美術館に収蔵されています。1985年には鶴川市民センターホールの緞帳の原画を制作しました。
 1985年に愛媛県教育文化賞を受賞、1986年、愛媛県三間町名誉町民となっています。

外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。あとりえ・う

あとりえ・うのホームページ(外部リンク)

「町田市名誉市民 版画家 畦地梅太郎」ビデオ



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