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ことばらんどお宝紹介(1階文学サロンミニ展示コーナー)

更新日:2020年2月3日

ことばらんどお宝紹介

町田市民文学館ことばらんどでは、2006年の開館以来、町田ゆかりの作家の自筆原稿や旧蔵品、絵本の原画などをはじめ様々な文学資料を収集してきました。その中の一部はこれまでに2階展示室で開催する企画展で展示されましたが、地下にある収蔵庫にはまだお披露目されていない資料も多くあります。「ことばらんどお宝紹介」は、こうした収蔵品の中から、市民の皆様にぜひご覧いただきたい資料を順次公開するミニ展示シリーズです。1階文学サロンで行う展示ケース1台分の小さなコーナーですが、普段は目にすることのできない貴重な資料をご紹介していますので、お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。

開催中:没後40年 桜田常久展

お宝展示第10弾として、約半世紀を町田で過ごし、2020年3月に没後40年の節目を迎える芥川賞作家・桜田常久の資料を3期に分けてご紹介します。

現在公開中の第2期は「町田での生活と農地改革」。桜田は1931年10月、町田町本町田に転居。大学の教職、執筆活動、農業に従事しますが、戦争がはじまると海軍報道班員として各地で講演を行いました。
戦後は自身を軍のピエロであったと自己批判し、文壇から遠ざかります。替わって農地改革に尽力し、日農支部長、町会議員などをつとめ、1947年には戦後第1回の町長選挙に社会党から出馬するも惜敗。反対派(地主派)から選挙違反(戸別訪問)で訴えられ、桜田をはじめとする農民組合幹部が根こそぎ拘留されました。
後年、この経験をもとに「おいらの町の留置場」などを執筆しています。

種まきや道路整備の記録が細かに綴られた「農耕日記」や、戦時中の自身を自己批判する「ピエロの証文」の草稿、「おいらの町の留置場」の草稿、掲載同人誌「現在」などによって当時の足跡を辿ります。

  • 会期:2020年1月7日(火曜日)~3月15日(日曜日)※第2期は3月1日まで
  • 開催時間:9時~22時
  • 観覧料:無料
  • 会場:文学館1階 文学サロンスペース
  • 休館日:祝日を除く毎週月曜日、毎月第二木曜日

桜田常久(さくらだ つねひさ)

桜田常久

1897年1月、大阪地方裁判所判事だった父・正彦と母・武女の長男として大阪市に生まれる。1919年、法学にすすませるつもりであった親に内緒で東京帝国大学独逸文学科に入学。1923年に卒業、教授から地方の高等学校に就職するよう勧められるが、小説を書くためと言い張り東京に残る。大学で独逸語を教えながら、戯曲の翻訳や同人活動を行う。1931年に半農生活を志し町田町本町田に転入。1940年5月「薤露かいろの章」を発表。同作は芥川賞候補になるも落選。同年10月に発表した「平賀源内」で第12回芥川賞を受賞。1942年2月から12月まで海軍報道班員として徴用され、第三南遣艦隊に所属、フィリピンやボルネオ方面をめぐる。終戦後は農地改革に尽力した。1980年3月、気管支肺炎のため中町あけぼの病院で死去。享年83。
時代の転換期に生きた人物たちを描いた伝記小説には、不合理な身分制社会の下で生きた民衆への共感があふれている。

今後の予定

●没後40年 桜田常久展  第3期:「最後の小説『画狂人 北斎』と晩年」」3月3日(火曜日)~3月15日(日曜日)
●わたなべゆういち『おれはワニだぜ』原画展 3月17日(火曜日)~4月3日(金曜日)最終日のみ17時まで
※名称、会期は都合により変更させていただく場合がございます。

このページの担当課へのお問い合わせ

担当課:
生涯学習部 図書館 町田市民文学館ことばらんど
電話:
042-739-3420
FAX:
042-739-3421

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